「 フリムン徳さんの ”ふりむんえっせー”」
             「鏡の部屋」                  

 「霊の社会、あの世の社会の人と話がしたい」と言う私の夢がかなえられそうです。私の育った喜界島では、仏壇の前の位牌に向かって、「ウヤフジ様、子供達、家内中が病気をしないで、いつも元気であるようにお守り下さい」とお願いし、悪い事が起きてもうれしい事が起きてウヤフジに報告し、お願いしていた。姿は見えないけど、ウヤフジはみんなの守り神であった。病気も治すのもさせるのもウヤフジと思っていた。

 墓が汚れている時は誰かが病気をする。ウヤフジがさせるのだ。家族の誰かの頭痛がなかなか治らない時はお墓へ行き、墓を掘り返して、土葬された先祖代々のウヤフジの頭蓋骨や骨に絡まった木の細い根っこや、土をふき取りきれいにする。この頭蓋骨に絡まった根っこや、ごみがウヤフジを苦しめ、ウヤフジは家内の誰かに頭痛をさせたり病気をさせるのだ。お婆さん達がウヤフジの頭蓋骨や骨を赤子を抱くように大事に手にしてきれいに拭き取るのを今でもはっきり覚えている。

 オメトお婆さんの影響で私はずーっとウヤフジが自分を見守っていると信じている。だから、困った時はいつも助けてくださいとウヤフジに祈る。ほとんど毎晩のようにみる私の夢の中に多くのウヤフジたちが揃ってご馳走を食べる夢を1週間以上続けてみるとたいてい私の身内や知り合いの誰かが死んでしまう。どうもウヤフジは私に身内や知り合いの死を知らせたいようだ。島の美代ねえに言わせると私は神憑りの人間だそうだ。

 昔、美代ねえが喜界島からロスサンジェルスの私の家へアメリカ見物にきた。長年ロスサンジェルスに住んでいる遠い親戚のお爺さんも美代ねえに会いに私の家へ来た。私はその前の晩、このお爺さんが雲に乗って私の家の玄関へすーっとはいって消えてなくなった夢を見た。それを美代ねえに言うと「そんな縁起悪い話はするな」と怒られた。ところがその夢は的中した。その日の昼、そのお爺さんは島の思い出話をいっぱいして、テレビを見ながら脳溢血で倒れてあの世へ行ってしまった。

 この私の正夢よりもより具体的に、ウヤフジと会う方法を書いた本を見つけたのです。これはやはりウヤフジが私にこの本と会う様に仕向けたに違いありません。一気に読み上げた。福島大学の教授(飯田史彦著)「生きがいの創造」と言う本です。死んだあの世の人のことです。その内容が喜界島で小さい頃に聞かされていた年寄りのおじいさん、お婆さんの言っていた事とほとんど同じなのです。          
1、あの世はある。
2、死ぬ時には暗いトンネルを潜りぬけてきれいな花畑が見えてくる
3、死ぬ時は、自分の死んだ親兄弟、親戚が並んで迎えにきている。
4、死んだら、すべての苦しみから開放される。
5、死んだ人は生きていた時に受けた仕打ちもすべて許してあげる。
6、死んだら、また誰かの体に入って生まれかえる
7、ウヤフジはいつも私達を見守っている
8、どんな苦しみも、どんなひどいことにあっても、それは自分に与えられた 
  ものだから、逃げたらいけない。だから、それを克服するために頑張る、
  その頑張りが自分を進歩させる。そしたら、必ず、開けてくる。

 しかもそれが、アメリカ、イギリスの臨床心理学者、哲学者などが実際に経験した何百人以上の人達の話や、行動を統計してまとめた本です。ムーデイー博士自身もこの鏡の前に座って、実際に自分の死んだお婆さんと会い会話をしているのです。彼は父方のお婆さんに会いたいと念じながらその鏡のある部屋に入ったのですが、現れてきたのは母方のお婆さんだったのです。自分が会いたい人より、あの世の会いたい人が先に現れるそうです。つまり、これは錯覚の現象ではないと言うことです。私はいつも願っていました。死んだ家族、親戚、友人に会って話をしたかったのです。こんなうれしい、楽しいことがあるかいな。

 あの世の人と会える方法も詳しく書いてある。私はそのとうり早速実行してみました。 私の未完成の家の部屋の中の一箇所の壁に幅1メートル、高さ1.2メートルの大きな鏡を床から90センチ上がった位置に掛け、その鏡から95センチメートル離れたところに安楽椅子を置いてある。その安楽椅子に座って、リラックスして座った肩の位置がちょうど鏡の下の部分95センチと同じ線になるようにしている。その安楽椅子の横に15ワットの小さな電球のスタンドを置いてある。これがアメリカであの世を研究している学者が今までの臨死体験者や、霊の世界を経験した人の経験から統計をとって作り出したあの世の人と会う鏡の部屋なのです。

 あの世の人が現れてくるのはだいたい夜中の3時ごろが多いそうです。私は夜中に起きて、この部屋で「お婆さん、現れてくれ、現れてくれ」と念じていますが、現れてきまへん。念じるだけだはアカンと思い、声にも出してお願いしているのですが、でもまだ現れてきまへん。お酒と、線香を供えたら現れてくれまんねやろうか。人々は月や火星に行きたい、私の夢はあの世の人と会って話をしたい。
 
フリムン徳さん

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徳さん」の出身地の鹿児島県大島郡喜界島の「小野津集落」は昔からの港でした。集落民の性格は豪放で発展性があり常に島外に目が向いていたようです。島外においては郷友会(郷土出身者の集い)の活動も盛んだということです。私も何故か縁あって知り合いが多いです。結婚式などにもお呼ばれしました。

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