「フリムン徳さんのアメリカ便り」第36号
「監査役」
                                    

2007.10. 13

山の中の古い小さな教会での、4月のある日曜日の朝のこと。礼拝が終わり、
別棟のキッチンホールでコーヒーを飲みながら、先月の会計報告のミーティング
をしていました。メンバーは白人の年寄りばかり14、5名。日本人は嫁はんと
私だけ。

 教会のマネージャーのロイが、印刷された何枚かの紙を私に渡しながら言い
ます。
 「トム、教会の監査役になってくれ」。
 一瞬、私は、意味がわかりませんでした。

 私達はこの教会のメンバーでもなく、クリスチャンでもありません。仏教徒な
んや。
「私達は仏教徒ですが、英語の勉強をしながらアメリカ人の友達を作りたい
ですから、日曜日、教会に行ってもいいですか」と近くに住むバブとアルビラ
に頼んだのが7年ほど前でした。それから、ほとんど毎日曜日、教会へ通
い続けました。

 まともに英語ができない私達に、バイブルの意味がわかるはずがありません
でした。牧師さんのしゃべりが、早すぎて、何ページを開けなさいという言葉
を聞き取るまで5年ほどかかったと思います。小さな古い教会ですから、スピ
ーカーがなかったせいもあるかもしれません。7年たった今でも、牧師さんの言っ
たページを開けて、読むだけで精いっぱいです。意味なんかわかるはずがあり
ません。覚えた英語は「ハレルーヤ、アイ、ビリーブ、ガッド」ぐらいなもの
です。これでは犬と同じ程度です。

英語もまともにわからんのに、よう7年も通ってしもうた。人間が恋しかった
からだと思います。アメリカ人も少ない、勿論、他に日本人はいないこんな山の
中に住んでいたら、人に会いたくなるのです。

 このところ、私は家の中から外の山を眺めながらエッセイや詩の勉強をしてい
る毎日だから、人間と会うのは1週間に1回の教会へ行く時と、2週間に1回、
隣町のパソロブレスへ買い物に行く時だけです。町に住んでいる人は、人のいな
いどこか静かなところへ行きたいと思っているだろうが、私は人間のいる所へ行
きたいのです。

でも毎日たくさんの「訪問者」があります。人間ではありません。野生の動物達
です。野兎、鹿、きつつき、ブルージェイ、数え切れない数のウズラです。彼ら
の愛らしい姿を見ると癒やされますし、情も移るのですが、言葉がないのです。
やはり少しでも通じる言葉を持っている人間が必要です。だから、アメリカ人だ
ろうが、メキシカンだろうが、黒人さんだろうが、来る人は皆歓迎です。

 言葉が全部通じる日本人なら、大歓迎です。日本人なら、もう誰でも親戚みた
いなものです。酒はないから、ワインを飲ませます。時間があったら、すぐにバ
ーベキューでもてなします。

白人の社会へ入り込んで生活するのは、気になってどうしようもない劣等感が
いつもありました。一人か二人ぐらい白い皮膚でないアメリカ人がいたら、まだ
皮膚の色に対する私達の劣等感は少なくてすんだかも知れない。ただ、劣等感と
いえばが、皮膚の色より英語がわからんという劣等感の方が大きかったように思
います。
 私達は教会が始まる10時ぎりぎりに行くのです。早く行って、10時まで、
英語のできない人間が、英語で生活している白人のそばにおるのが気まずいの
です。劣等感が気まずくさせるのです。そのくせ、自宅では英語の勉強はしな
いのです。島ユミタで生活しているくせに、英語の勉強がしたいと教会に行く
のです。どうも矛盾しているようです。「難儀やなあ」です。人間が恋しいの
です。仲間が欲しいのです。

 でも月日がたつというのはすごいことを起こさせるようです。今では、劣等感
もなくなりました。英語は十分に通じなくても心が通じるのです。家族みたいな
ものです。以前は私をチャイナメンと呼んでいた老いたカーボーイのジムと、腕
を出し合って、「ジム、俺の腕の色はだいぶ白人の色に近くなってきたやろう」
と自慢します。ジムは「ほんまや、白い、白い」と言います。私の自慢に自信を
持たせたのはトヨタ、ホンダのようです。彼らの口からトヨタ、ホンダの名前が
多く出るようになるにつれて、私たちの彼らに対する劣等感も薄くなってきたよ
うです。

月に1回日曜日にパソロブレスから来る牧師さんにロイが219ドルのチェッ
ク(小切手)を書きます。そしてロイは監査役の私のサインももらいに来ます。
私は真剣な顔でそのチェックにサインをします。そして、そのチェックに私の
サインを見た白人の牧師さんは驚いているように見えます。

 小さいことだけど仏教徒の私がアメリカ人から信用され教会の監査役を仰せつ
かったのは大きな自信になりました。7年間、頑張って精勤したからだろうか。
「継続は力なり」とよく聞くが、「継続は信用なり」でもあるようだ。
フリムン徳さん

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